【音楽史】ファンク(Funk)って、どんな音楽?【1980年代後半〜2000年代編】

【音楽史】ファンク(Funk)って、どんな音楽?【1980年代後半〜2000年代編】

ファンクって名前は聞いたことあるけど、「どんな音楽か」と聞かれると、ちゃんと答えられないな…

ファンクにはどんな歴史があるの?

 
このような疑問にお答えする内容です。
 

今回は英語版wikipediaの「ファンクミュージック」について、まとめてみました。

 
今回はPart12(最終回)として、1980年代後半〜2000年代のファンクについて解説していきます。
 
Part1: 概要編(ファンクのざっくりした説明、言葉の定義と語源、このジャンルで有名なアーティスト、ざっくりした音楽的な特徴)

Part2: よく使われるリズム、テンポ、コード、スケール

Part3: ファンクにおけるベースの特徴

Part4: ファンクにおけるドラムの特徴

Part5: ファンクにおけるギターと鍵盤楽器の特徴

Part6: ファンクにおけるボーカル・歌詞・ホーンセクションの特徴

Part7: ファンクの歴史(初期、ニューオリンズ)

Part8: ファンクの歴史(1960年代、James Brownの活躍)

Part9: ファンクの歴史(1960年代後半〜1970年代前半)

Part10: ファンクの歴史(1970年代、ジャズファンク)

Part11: ファンクの歴史(1980年代、シンセファンク、Prince、YMO)

Part12: ファンクの歴史(1980年代後半〜2000年代)

 

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他ジャンルに圧倒されるファンク

 
この頃になると、ヒップホップやコンテンポラリーR&B・ニュージャックスイングが台頭したことにより、ファンクはラジオ業界から追い出されてしまうこととなります。
 
Steve ArringtonやCameoなどのアーティストたちはなおラジオで流されることはあり、世界的にもファンを維持し続けていました。
 

ロックとの融合

 
また、ロックバンドがファンクの要素をコピーし始めたことにより、「ファンクロック」「ファンクメタル」などの新しい組み合わせが誕生しました。
 
特にRed Hot Chili Peppersなどを筆頭とする以下のアーティストたちは、ファンクの先駆者たちから得たスタイルを取り入れ、1980年代中盤〜後半にかけて人気を集めました。
 

Red Hot Chili Peppers

 

 

Living Colour

 

 

Jane’s Addiction

 

 

Prince

 

 

Primus

 

 

Urban Dance Squad

 

 

Fishbone

 

 

Faith No More

 

 

Rage Against the Machine

 

 

Infectious Grooves

 

 

Incubus

 

 

これらのバンドは、1990年代中盤のアンダーグラウンドにおけるファンクコアのムーヴメントや、下記のような当時のファンクにインスパイアされたアーティストたちに影響を与えました。
 

OutKast

 
 

 

Malina Moye

 

 

Van Hunt

 

 

Gnarls Barkley

 

 

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Jamiroquaiの成功

 
1990年代になると、Me’shell NdegeocelloやBrooklyn Funk Essentialsなどのアーテイストや、Jamiroquai、Incognito、Galliano、Omar、Los Tetas、the Brand New Heavies などのアシッドジャズのムーブメントを起こしたアーティスたちが、ファンクの要素を強く用いたスタイルを最小していきます。
 

 

 

 

 

 

 

 

特にJamiroquaiはアルバム「Travelling Without Moving」で1,150万枚を売り上げ、世界的に成功を収めます。
 

 

しかし、他のアーティストたちは全盛期ほど商業的な成功には至りませんでした。
 
一方、オーストラリアやニュージーランドでは、SupergrooveやSkunkhour、the Truthなどのバンドがパブを回って演奏し、インストゥルメンタルなファンクのスタイルを続けていきます。
 

G-FunkとDr.Dre

 
1980年代終わり頃になると、ヒップホップのアーティストたちが、昔のファンクの曲をサンプリングして曲を作るようになります。
 
このサンプリングのうち、P-Funk(Part9で解説)は2番目に最もサンプルされる音楽スタイルでした。
 
また、昔のParliamentやFunkadelicの楽曲は、西海岸のG-Funkの基礎を形成することとなります。
 

 

 

G-Funkは「Gangsta Funk(ギャングスタ・ファンク)」の略で、西海岸の「ギャングスタ・ラップ」をもとに、1990年代初期に作られたヒップホップのサブジャンルです。

 
ギャングスタ(Gangsta):社会の底辺層の人々で、麻薬売人など違法な商売を生業としている人のこと
 

 

ヒップホップにおいて、ファンクスタイルのベースやリズムギターのリフを目立たせるスタイルは、実は珍しくありません。
 
G-Funkの元祖としても有名なDr.Dreは、George Clinton(Part9で解説)のサイケデリックファンクに強く影響を受けています。
 

 

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Digital Underground

 
アメリカのオルタナティブヒップホップグループ「Digital Underground」は、1990年のファンクの再興に大きく貢献しています。
 
彼らは自身のリスナーたちに、ファンクやファンクアーティストたちの歴史を伝えていたのです。
 

 
Geroge Clintonは、彼らをClintonのセカンドフルアルバムのタイトルにちなんで「Sons of the P」と名付けました。
 
Digital Undergroundは、ファンクのサンプルをふんだんに使ったデビューアルバム「Sex Packets」をリリース。
 
特にParliamentの楽曲「Let’s Play House」をサンプリングして作った「The Humpty Dance」は非常に有名になりました。
 

 

 

特にファンク要素の強かったアルバムは「Future Rhythm」ですが、こちらはクラブダンスミュージックの要素もより多く取り入れており、ヘビーなファンクドラムのブレイクをサンプリングしています。
 

 

 

ジャムバンド(Jam Band)とファンク

 
ファンクは1990年代終わりから2000年代のジャムバンドシーンにおいて、アーティストを特徴付ける要素としても使われていました。
 
ジャムバンド:即興をするロックグループ

 
たとえはPhiishは、1996年ごろからファンキーなジャムを取り入れるようになり、1998年の「The Story of the Ghost」では、ファンクに強く影響を受けた様子がうかがえます。
 

 
他にも、以下のアーティストはファンクから強く影響を受けています。
 

Medeski Martin & Wood

 

 

Robert Randolph & the Family Band

 

 

Galactic

 

 

Widespread Panic

 

 

Jam Underground

 

 

Diazpora

 

 

Soulive

 

 

Karl Denson’s Tiny Universe

 

 

Lettuce

 
バークリー音楽大学の卒業生で結成されたバンド「Lettuce」は1990年代終わりに結成され、これらのジャムバンドシーンに「ピュアファンク」が出現したような感覚をもたらしました。
 
バンドメンバーの多くは、前述のSouliveやthe Sam Kininger Bandのように、他のバンドにも参加しています。
 

 

Dumpstaphunkはニューオリンズの昔のファンクに基づいた音楽を制作しており、少しザラついた、重みがあり魂のこもった4パート編成のボーカルを採用しています。
 
このグループは「the New Orleans Jazz & Heritage Festival」の出演のために2003年に結成され、キーボーディストのIvan Nevilleとギタリストのlan Neville(yuumeinaNeville家出身)をフィーチャーしています。
 
またベースプレイヤーは2人おり、2011年には女性ファンクドラマーのNikki Glaspie(以前はビヨンセのツアーバンドメンバー)を迎えています。
 

Rare Funk 45s

 
1990年代中盤になると、ディープファンクコレクターズのシーンを中心とした「nu-funk」や「ファンク・リビバレスト(Funk Revivalist」のシーンになり、「Rare Funk 45s」のサウンドの影響を受けた、新しい要素を取り入れた楽曲をプロデュースしていくようになります。
 
(Revivalistは「信仰復興論者」の意味があります)
 
「nu-funk」とは1970年代のディープファンクバンドのサウンドを再現しよう・マネしようとしたスタイルで、「Rare Funk 45s」は「1945年ごろのサウンドっぽく聞かせたファンクのことです。
 

 
 
これらのうち有名なレーベルには、Desco, Soul Fire、Daptone、Timmion、Neapolitan、Bananarama、Kay-Dee、Trampが挙げられます。
 
いずれのレーベルも、楽曲は主に45 RPMレコード(いわゆるアナログレコード)でリリースしています。
 
また、彼らはレアファンクのDJたちに特化していながらもメインストリームの音楽業界にも参戦しており、Sharon Janeの「Late Night with Conan O’Brien」のように、テレビ番組のホストとしても活躍している人物もいます。
 

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他ジャンルとファンクを融合させたアーティストたち

 
アシッドジャズ・アシッドハウス・トリップホップ(Trip Hop)や他のジャンルとファンクを融合させたアーティストとしては、Tom Tom Club、Brainticket、Groove Armadaなどが有名です。
 

 

 

 

女性シンガーを用いたモダンR&Bと融合したファンクもあり、これにはBeyoncéやMariah Carey、Jennifer Lopez、AmerieやTamar Braxtonなどが挙げられます。
 
Beyoncéの「Crazy in Love」はthe Chi-Liesの楽曲「Are You My Woman」をサンプリング↓
 

 

 

Mariah Careyの「Get Your Number」はImaginationの楽曲「Just an Illusion」をサンプリング↓
 

 

 

Jennifer Lopezの「Get Right」はMaceo Parkerの楽曲「Soul Power ’74」のホーンサウンドをサンプリング↓
 

 

 
Amerieの「1 Thing」はthe Metersの楽曲「Oh, Calcutta」をサンプリング↓
 

 

 

Tamar Braxtonの「The One」はMtumeの楽曲「Juicy Fruit」をサンプリング↓
 

 

 

ファンクの再興とパンク・ラップトロニカ(Punk Laptronica)

 
2000年代から2010年代初期にかけて、Out HudやMongolian MonkFishなどのパンク・ファンクバンドは、インディーロックのシーンで活躍するようになります。
 

 

 
インディーバンドのRilo Kileyはロックっぽい様々なスタイルを採用し、「The Moneymaker」ではファンクと融合させたスタイルで制作しています。
 

 
また、Prince(Part11で解説)はのちのアルバム「The Everlasting Now」や「Musicology」「Ol’ Skool Company」「Black Sweat」などでファンクの再興を促していきます。
 

 

 

 

 

Particleはコンピューターやシンセサイザー、アナログ楽器のサンプル、ファンクの即興性や構成要素などを使用したデジタルミュージックを合体させたサウンドで活躍します。
 
ちなみに「Laptronica」はノートパソコンを意味する「Laptop」から来ている言葉で、パソコンを楽器として扱うスタイルをとった音楽のことです。
 

 

 


 
以上でファンクの特徴・歴史の解説は終わりです!
 
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