【音楽史】ニュージャックスウィング(New Jack Swing)とは?【歴史編】

【音楽史】ニュージャックスウィング(New Jack Swing)とは?【歴史編】
ニュージャックスウィング(New Jack Swing)ってどういう音楽?

どういう特徴や歴史があるの?

 
今回はこのような疑問にお答えする内容です。
 

英語版wikipediaの「ニュージャックスウィング」をかんたんにまとめてみました。

 

今回はPart2として、ニュージャックスウィングの歴史や活躍したアーティストたちについて解説します!

 
Part1:概要編(特徴、有名なプロデューサー)

Part2:歴史編(はじまり〜黄金期に活躍したアーティストたち、リバイバル)
 
最近だと、Bruno Marsの2018年のヒット曲「Finesse」で注目を集めたこちらのジャンル。
 

 
こちらの記事を読むと、ちょっとレトロでかっこいい曲が作れるようになるなど、作曲の引き出しが増えますので、ぜひ最後までご覧ください!
 

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ニュージャックスウィングの歴史

 

初期ニュージャックスウィングの楽曲

 
このジャンルで有名なアーティストKyle Westは、1985年が「彼女が最初にニュージャックスウィングの曲を聞いた年」としています。
 
他の音楽評論家たちは、Full Forceの1985年の楽曲「Alice, I Want You Just for Me」が最初のニュージャックスイングであると主張している人もいます。
 

 
同じくこのジャンルで有名なプロデューサーJimmy Jam and Terry LevisがFull Forceに電話し、前述の「Alice~」が彼らのお気に入りの楽曲であると電話で伝え、のちに彼らはJanet JacksonのR&Bアルバム「Control(1986)」をプロデュースします。
 

 
音楽学者のRichard J.Ripani教授は、このアルバムが「R&B・ラップ・ファンク・ディスコ・シンセパーカッションを融合させてニュージャックスウィングを誕生させ、このジャンルの普及に影響を与えた、最初に成功した作品」としています。
 
ニュージャックスウィングのサウンドは、特にセカンドシングル「Nasty」ではっきり表れ始めます。
 

 
前述の音楽学者Ripaniによれば、最初のアルバム「Control」の成功により、R&Bとラップのギャップは埋まっていったとされています。
 
また、彼は「彼女のアルバムが1986年にリリースされて成功して以降、Teddy Rileyのニュージャックスウィングの創造に影響を与えたであろう」と言及しています。
 
(Teddyはニュージャックスウィングを作ったとされる人物)
 
Mantronixの初期の作品(1980年中盤)の作品もまた、ニュージャックスウィングの要素が入っています。
 

 

 

Go-Goバンドへ影響

 
ワシントンD.C.では、Go-Goバンド(Chuck BrownやTrouble Funk、EU)がニュージャックスイングをルーツとし始めます。
 
Go-Go(音楽ジャンル)についてはこちらで解説しています
 
北カリフォルニアのClub Nouveauは、Bill Withersの「Lean on Me(1987)」をGo-Goでカバー下楽曲で、ビルボード1位を獲得します。
 
この楽曲は同年後半にはグラミー賞を獲得し、このグループのデビューアルバム「Life, Love & Pain(1986)」にも収録されます。
 
バッキングトラックには、連続的なスイングビート、特徴的なデジタル・ゴーゴーのスタイルを使っていました。
 

 

 

「ニュージャックスウィング」という言葉の誕生

 
「ニュージャックスウィング」という言葉は、1987年10月18日に、Barry Michael Cooperによって作られたTeddy RileyのVillage Voice(アメリカの新聞社)のプロフィールで作られました。
 
「ニュージャック(New Jack)」は、Grandmaster Caz of the Cold Crush Brothersの曲で使われているスラングから来ており、「スウィング(Swing)」は、Cooperにより「F.Scott Fitzgeraldの時代とTeddy Rileyの時代の「クラックハウス」のアナロジー(類推)」を指す言葉として使われています。
 
クラックハウス:薬物密売所

 

Teddy Riley

 
ニュージャックスウィングという言葉は、R&B/HipHopアーティストやプロデューサー(Teddy Riley)によってプロデュース・エンジニアリングされたサウンドを指します。
 
RileyはアメリカのR&B・HipHopシンガーソングライター・ミュージシャン・レコードプロデューサーです。
 
彼は1980年代終わりにバンド「Guy」を。1990年だいには「Blackstreet」を率いた人物です。
 
また、彼は「ニュージャックスイングという言葉は、ブロックの上でスイングしている若者を意味する」と言及しています。
 

 

 

Rileyの音楽を特徴づけるものとしてはスイングビーツのイントロにあり、「16分音符の3連にアクセントを入れたオフビートを使ったリズムパターン」が挙げられます。

 

R&Bとヒップホップの融合

 
音楽サイト「VH1.com」は、200年代の間「ヒップホップとR&Bはいとこにキスをしている」という表現をしています。
 
1980年代初め頃は「この2つのジャンルは同じフィールドで言及されることは滅多になかった」とされていましたが、1980年代終わりには、「ハイトップフェード(High Top Fades)」やパラシュートパンツノア時代の間、Teddy RileyやレーベルのボスであったAndre Harrellが2つのサウンドをセクシーに融合させ、批評家たちが「ニュージャックスウィング」と呼ぶ驚くべきジャンルを生み出した。革命だ。」としています。
 
ハイトップフェード:横の髪をカットし、トップの髪だけ伸ばしていくヘアスタイル。
 
パラシュートパンツ:パラシュート部隊の制服からヒントを得た、足が動きやすいように全体をゆったりとさせたパンツ。
 
Rileyはニュージャックスウィングの前に「ラッパーやシンガーは、お互いと一緒に音楽はやりたくない」「シンガーはソフトで、ラッパーはストリート系だからだ」と言及していました。
 
しかし、Rileyは「優しいメロディーとビッグなビート」を組み合わせ、新しいスタイルを作り上げたのです。
 
Rileyによるこれらのスタイルの融合は、以後ずっとポップスとヒップホップとのペアリングを変えることとなり、90年代後半のBad Boy(アメリカの音楽レーベル)が支配したことにより、同じテクニックを通じてさらに普及してきます。
 
Rileyはアメリカ・ハーレム出身の19歳の若者出会ったにも関わらず最高クラスのプロデューサーとなり、メジャーアーティストの楽曲に彼のサウンドを足すために巨額のお金も得ることができていました。
 

ニュージャックスウィング黄金期

 
次々とランクインするニュージャックスウィングの楽曲
 
1980年代終わり頃から1990年代初め頃は、ニュージャックスウィングの要素を取り入れた楽曲や似たR&Bスタイルの楽曲が、Billboard US R&Bチャートや「US Top 100」などにランクインしていました。
 
1988年には、Keith Sweatが最初のニュージャックスウィングの楽曲「I Want Her」をリリースし、アメリカのチャートで4位、R&Bチャートで1位を獲得します。
 

 
初期ヒップホップ・R&Bのパイオニアであり、ミュージシャン・レコードプロデューサーのTeddy Rileyのグループ「Guy」は「Groove Me」でアメリカのR&Bチャートで4位を記録し、1988年の楽曲「Teddy’s Jam」ではアメリカンのR&Bチャートで5位を記録します。
 

 

 
シングル「My Fantasy」は、OST(オリジナルサウンドトラック)「Do the Right Thing」から来ています。
 

 
「New Jack City」は、同名の映画のサウンドトラックに使われました。
 

 
Johny Kempの「Just Got Paid」は、1988年にBillboard Hot 100でトップ10入りし、Hot Dance Music/Club Playチャートでは1位を獲得しました。
 

 
Al B. Sure!は「Nite and Day」やその他2作品で、1988年のR&Bチャートでトップ5にランクインします。
 

 

1988年には、Bobby Brownが自身のセカンドアルバムからビルボートTop10に入るヒット曲「Don’t Be Cruel」をリリース。
 
US Top 100とUS R&Bチャート1で位を獲得しました。
 

 
同年には、NBAチアリーダーだったPaula Abdulが全米ナンバーワンヒット「Straight Up」をリリース。
 

 
Tony! Toni! Toné!は、ナンバーワンを記録したヒット曲「Little Walter」を含め、Hot R&B/Hip-Hop Singles & TracksチャートTOP10に3曲がランクイン。
 

 
Bobby Brownの離脱により変化の時期にいたアメリカのR&BグループNew Editionは、Johnny GillをBrownのパートに呼び、Jimmy Jam and Terry Lewisプロデュースのアルバム「Heart Break」をリリース。
 

 

 

 

 

1989年のヒット曲

 
1989年には、Teddy Rileyがプロデュースしたグループで、ビキニ姿の女性がミュージックビデオに出てくることで有名になったWreckx-n-Effectは、「New Jack Swing」をリリースし、この「新しいジャンル」の名前とスタイルを普及させることになります。
 

 
同年、Fenderellaは、Doug E.Freshをフィーチャリングした楽曲「Mr.DJ」で大ヒット。
 
Doug E.Freshは、ドラムマシンやヒップホップのサウンドを真似る「ヒューマンビートボックス」で有名な人物でした。
 

 
また、この年はJanet Jacksonが4thアルバム「Janet Jackson’s Rhythm Nation 1814」をリリース。
 
このアルバムはBillboard Hot 100で1位を獲得した「Miss You Much」などを含んだアルバムで、大ヒットしました。
 

 

1988年から1993年の間に活躍したアーティスト

 
1988年から1993年までは、以下のアーティストや楽曲が非常に人気を集めました。
 

 

 

 

 
https://www.youtube.com/watch?v=0Xc6si7YDlI
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この他にも…

 
有名なプロデューサーBabyfaceは、自身のヒット曲「It’s No Crime」でUS R&Bチャートで7位を記録。
 

 
また、Teddy Rileyがプロデュースした他のバンド「Today」は、「Girl I Got My Eyes on You」でUS R&Bチャート1位を記録します。
 

 
Jimmy Jam and Terry Lewisは、Janet Jacksonの7枚のTOP5入りシングルを収録したアルバム「Rhythm Nation 1814」でプロデューサーとして参加し、ニュージャックスウィングに「ミネアポリスサウンド」を誕生させました。
 

 
Karyn WhiteもFlyte Timeのチームでプロデュースを行ったで1980年終わりから1990年代はじめにヒット作をリリースします。
 
Sheena Eastonは、ヒットメーカーのVassel Benfordによってプロデュースされた1991年のアルバム「What Comes Naturally」でヒットを出します。
 

 

New Editionの元メンバーたち

 
前述のNew Editionが解散すると、Bell Biv DeVoe、Johnny Gill、Ralph Tresvant、Bobby Brownなどのメンバーたちはそれぞれグループを結成したり、音楽制作をするようになります。
 
そして1990年には、New Editionの元メンバーたちでヒットを出していきます。
 
Bell Biv DeVoeの楽曲「Poison」「Do Me!」は、Johnny Gillの「Rub You the Right Way」と同様、US TOP100チャートで3位を記録。
 

 

 

 

Ralph TresvantはUS TOP100チャートで4位、US R&Bチャートで1位を記録した「Sensitivity」をリリース。
 

 

1990年のヒット曲

 
1990年には、ポップシンガーのWhitney HoustonがBabyface & Antonio “L.A.” Reidが手がけた「I’m Your Baby Tonight」をリリース。
 
US Hot 100で1位を獲得し、Babyfaceはこのジャンルをメインストリームに進出させることに大きく貢献します。
 

 

1990年には、ディスコを取り入れたダンスアーバングループ「Club Nouveau」の元メンバーのSamuelleが、「So You Like What You See」でR&Bチャート1位を獲得。
 

 
Troopeも自身のセカンドアルバム「Attitude」で1位を獲得します。
 

 
カリフォルニア・オークランド出身のグループ Tony! Toni! Toné!の「Feels Good」も1990年にR&Bチャートで1位に、US TOP 100では9位に、ダンスチャートでは3位に輝きます。
 

 
Todayは、1990年にも「Why You Gettin’ Funky on Me?」でR&Bチャート2位を記録します。
 

 
Guyの楽曲「Let’s Chill」は、US R&Bチャートで3位にランクイン。
 

 

1991年の楽曲

 
「Feels Like Another One」は、1991年にPatti LaBelleがアルバム「Burnin」に収録されている、コライト・レコーディングされた楽曲です。
 
このニュージャックスウィングスタイルのトラックは、LaBelleの7thソロアルバムのリードトラックとなり、ラッパーのBig Daddy Kaneをフィーチャーしたトラックです。
 
また、Hot R&B Singlesチャートでは3位を記録し、R&Bチャートで大成功を収めました。
 

 

この楽曲のミュージック・ビデオはApollo Theaterで撮影され、Kaneをフィーチャーし、タックスを着て出演しました。
 
この楽曲は、彼女のアルバムの大ヒットに大きく貢献しました。
 

 
Color Me Baddは「I Wanna Sex You Up」で1位を記録。
 

 
同年には、Christopher Williamsが「New Jack City」のサウンドトラックからシングル「I’m Dreamin」をリリース。
 
BillboardのHot R&B/Hip-Hopチャートで1位を記録します。
 

 
Boyz II Menは、デビューシングル「Motownphilly」でR&Bチャート1位、US POP HITチャートでTOP5を獲得。
 

 
Hi-Fiveの「I Like the Way (The Kissing Game)」は、USチャートとR&Bチャートで1位にランクイン。

 
Jodeciのデビューアルバム「Forever My Lady」は、収録されている「Forever My Lady」「Stay」「Come and Talk To Me」の3曲がR&B Hitsで1位となります。
 

 

 

 

Damian Dameの「Exclusivity」は、R&Bシングルチャートで1位となり、2週間トップを維持し、the Rude Boysの「Are You Lonely For Me」と同じ偉業を成し遂げます。
 

 

 

1992年のヒット曲

 
1992年には、Michael Jacksonが「Remember the Time」をリリースし、Billboard Hot 100チャートで3位、Hot Dance Music/Clubチャートで2位、Hot R&B/Hip-Hopチャートで1位を獲得します。
 

 
Joe Publicの「Live and Learn」は、U.S. Billboard Hot 100で4位、BillboardのHot R&B/Hi-Hopチャートで3位を獲得し、グループで最も売れた作品となりました。
 

 
Chuckii Bookerは、「Games」でR&Bチャートで1位を獲得。
 

 
R.KellyとPublic Announcementの「She’s Got That Vibe」は、R&Bチャートで7位にランクイン。
 

 

1993年のヒット曲

 
1993年には、Teddy Rileyの新グループ「Black Street」がニュージャックスウィングの楽曲「Baby Be Mine」で大ヒット。
 

 

SWV(Sisters With Voices)の「Weak」は、US TOP 100とR&Bチャートでで1位となります。
 

 
Jadeの「Don’t Walk Away」は、US TOP100とR&Bチャートでそれぞれ4位・3位を記録。
 

 
New Jack R&BグループのII D Extremeは、1993年にニュージャックバラッドの「Cry No More」でヒットします。
 

 
TLCの1992年のデビューアルバム「Ooooooohhh… On the TLC Tip 」は「What About Your Friends」「Ain’t 2 Proud 2 Beg」「Baby-Baby-Baby」などを収録しており、こちらも大ヒットします。
 

 

 

 

1995年以降のヒット曲

 
1995年には、Montell Jordanがニュージャックスウィングでナンバーワンを記録した「This is How We Do It」をリリース。
 
この楽曲のリリース後、ニュージャックスウィングの人気をさらに高めます。
 

 
クラシックニュージャックスウィングとして最後に大ヒットしたのは、1997年のMichael Jacksonの楽曲「Blood on the Dance Floor」です。
 

 

若きアーティストたちの活躍

 
この時代は、若いアーティストたちも注目を浴びており、Tracie Spencerのヒットアルバム「Make the Difference(1990)」や、the Boysの「The Boys(1990)」、Teddy Rileyがプロデュースした「Pump It Hottie」を収録したRedhead Kingpin and the F.B.I.のデビューアルバム「A Shade of Red」、Another Bad Creationの「Coolin’ at the Playground Ya Know!」などが有名です。
 

 

 

 

 

リバイバル

 
2018年になると、Bruno Marsが3rdスタジオアルバム「24K Magic」でCardi Bをフィーチャリングした、ニュージャックスウィングサウンドでリミックスされた「Finesse」をリリース。
 
オリジナル版は2016年にも少し有名になりましたが、このリミックス版はUS Billboard Hot 100で35位となります。
 
その後はBillboard Hot Digital Songsチャートで13位を記録し、1日で30,000枚のセールス、807万回のストリーミング再生を記録。
 
 
さらにラジオ業界でも支持され、Billboard Radio SongsチャートのHot 100でも49位を記録し、Bruno Marsの楽曲では15番目、Cardi Bの楽曲では4番目となるHot 100チャートTOP10入りのシングルとなります。
 
リリース2週目でもなおヒットを記録し、Digital Songsチャートでは13から2位へランクアップ、87,000枚のセールスを記録します。
 
Streaming Songsチャートではアメリカで3830万回ストリーミングを記録し、前週の342%を記録。
 
Radio Songsチャートでは5200万回視聴され、49位から12位にランクアップします。