【音楽史】ゴスペルって、どんな音楽?【Part2】

【音楽史】ゴスペルって、どんな音楽?【Part2】
ゴスペルって名前は聞いたことあるけど、どんな音楽かいまいちよくわかってないな…
ゴスペルにはどんな歴史があるの?

 

このような疑問にお答えする内容です。

 

今回は英語版wikipediaの「ゴスペル」について、かんたんにまとめてみました。

 

今回はPart2として、ゴスペルの歴史について解説していきます。

 

Part1: ゴスペルの音楽的な特徴、いろいろなスタイルの「ゴスペル」

 

もし今後「ゴスペルっぽい曲を作ってみたい」「参考資料が欲しいな」と思ったときは、ぜひこちらのページをご覧ください。

 

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はじまり

 

イェール大学の音楽教授Willie Ruffによると、スコットランドのヘブリディーズ諸島でゲール族によって歌われた聖歌は、一人がソロを歌い、他の人がその後に続く「ライニングアウト(Lining Out)」の手法が使われており、そこからアメリカ南部のゴスペルで使われている「コールアンドレスポンス」のスタイルへと進化したと言われています。

 

ライニングアウト↓

 

18世紀

 

おそらく最も有名なゴスペルをベースにした讃美歌は、1760年代や1770年代に、イギリスの作家John Newton(”Amazing Grace”)とAngustus Toplady(”Rock of Ages”)によって作られました。

彼らはAnglican教会の一員でした。

 

 

最初は歌詞のみの状態でしたが、10年ほどかけて曲も加わります。

アフリカンアメリカンゴスペルと直接関係があるわけではありませんでしたが、白人アメリカ人と同様、アフリカ系アメリカ人たちにも受け入れられる音楽となってきました。

 

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19世紀

 

「ゴスペルの曲」として最初にリリースされたのは、Philip Blissがソングブック「Gospel Songs A Choice Collection of Hymns and Tunes」を刊行した1874年と言われています。

当時これらの楽曲は「新しい教会音楽」として紹介されており、ここに載っている楽曲はそれ以前の教会音楽や讃美歌よりもより歌いやすく、理解しやすいものでした。

これらは、福音伝道者であったDwight L. MoodyがゴスペルシンガーのIra D. Sankeyと共にリバイバル(信仰復興のための伝道集会)のムーブメントを起こして生まれたものです。

 

 

このリバイバル運動は人気のシンガーやリーダーたちを採用して行われたもので、この中でも有名だったのがSankeyでした。

そしてこの頃の初期のゴスペルの楽曲は、作家のGeorge F. Root、Philip Bliss、Charles H.Gabriel、William Howard Doane、Fanny Crosbyによって書かれています。

SankeyとPhilip Blissはコラボして刊行した「1 to 6 of Gospel Hymns」は、今現在も発行され、見ることができます。

 

 

このリバイバルシンガーたちの人気の高まりと田舎の教会音楽の広がりは、19世紀後半から20世紀前半にかけて、Homer Rodeheaver、E.O.Excell、Charlie Tillman、Charles Tindleyなどのゴスペル作家・出版者・ミュージシャンを持つ出版社の立ち上げにつながっていくのです。

これらの出版者たちは、多くの新しい音楽を求めて市場に出ており、多くのソングライターや作曲者たちの仕事先を提供していました。

 

20世紀

 

キリスト教ペンテコステ派の運動とゴスペル

 

ペンテコステ運動(アメリカのLAで始まったプロテスタントの宗教運動)は、ヨーロッパ化した黒人教会音楽に慣れていない人々に対してアピールすることになります。

神聖崇拝では、タンバリンからエレキギターまで、会衆のメンバーが持ち込むであろうあらゆる楽器を使っていました。

ペンテコステ派の教会は20世紀初期に出版されたゴスペルの楽曲をすぐ採用し、これらの知名度の向上や成長に大きく貢献していくことなります。

 

ゴスペルスターの誕生と著名アーティストの誕生

 

この頃活躍したシスターRosetta Tharpeは、ゴスペルで初めてレコーディングをした、最初のスターです。

 

 

20世紀後半になると、Elvis Presley、Jerry Lee Lewis、Mahalia Jackson、Andrae Crouch、Blackwood Brothersなどの著名アーティストが、このペンテコストラル派の環境で育てられる、もしくはこの伝統の影響についての知識を深めることになります。

 

 

ラジオとゴスペル

 

1920年代になると、ラジオの発明もあり、ゴスペルは非常に多くの人に聞かれるようになります。

James D.Vaughanはラジオを彼のビジネスモデルにおける必須アイテムとして扱っており、1年に数回発行した彼のゴスペル楽曲集の宣伝のためにカルテットで世界を飛び回っていました。

 

 

Virgil O. StampsとJesse R.Baxterは、Vaughanのビジネスモデルを学び、1920年代後半までにはVaughanと激しい競争を繰り広げるまでになりました。

1920年代は、Carter Familyなどのグループなどからゴスペル市場を見ることができます。

 

 

ラグタイムの影響とカルテット

 

ゴスペルでピアノを用いるなど、ゴスペルの伴奏にラグタイムの影響を与えるきっかけとなった最初の人物は、Arizona Dranesです。

 

 

アフリカ系アメリカ人音楽では、Fisk Jubilee Singers(こちらで解説しています)の最初の頃の成功に続き、ゴスペルのカルテットがアカペラのスタイルを発展させます。

1930年代には、Fairfield Four、Dixie Hummingbirds、Five Blind Boys of Mississippi、Five Blind Boys of Alabama、The Soul Stirrers、Swan Silvertones、the Charioteers、Golden Gate Quartetなどが活躍します。

 

 

人種差別と黒人音楽

 

この当時は人種差別が国を分裂させていましたが、これは教会でも起こっていました。

白人教会では黒人奴隷がより下の人間として扱われており、奴隷解放宣言後は、彼ら自身で別々の教会を作ります。

ゴスペルは黒人のコミュニティの間で非常に人気が高く、白人のコミュニティーの間では事実上知られていなかったものの、白人の中にもゴスペルに興味を見出す人はいました。

 

また、1920~1930年代に人目を引いていたカルテットグループたち(黒人ゴスペルミュージシャンたち)は、アメリカ南部の都市の道端でギターや歌で演奏をしていました。

この中でも、Blind Willie Johnson、Blind Joe Taggartなどが有名です。

 

 

Thomas A.Dorseyとゴスペル

 

1930年になると、シカゴではThomas A. Dorseyが、ブルースからゴスペルへと転身し、出版社を立ち上げます。

彼はもともと1920年代に「Georgia Tom」という名前でブルースの楽曲を作っていた人物で、「Precious Lord, Take My Hand」が有名です。

彼は、妊娠中の妻を失くすなどの困難をたくさん経験している人物でした。

 

 

彼は牧師である父親から聖書に関する知識を、母親からはピアノを教わっていました。

そして彼は、家族でアトランタに引っ越してからブルースミュージシャンとしての活動を始めます。

Dorseyは、Mahalia Jacksonなどの多くのアフリカ系アメリカ人アーティストの音楽キャリアを発展させるという責任を背負っていました。

 

1942年になると、ゴスペルグループのSensational Nightingalesが生まれ、1946年にはJulius Cheeksというゴスペルシンガーが新たに加わります。

Wilson PickettとJames Brownは今でも有名なミュージシャンですが、彼らはこのJulius Cheeksの影響を受けている人物です。

ラジオの影響はまだまだ続く

 

一方で、ラジオはなおゴスペルのリスナーを増やし続け、1937年にはAlbert E. Brumleyの「Turn Your Radio On」がリリースされるほどです。

 

 

のちの1972年には、Lewis Familyによる「Turn Your Radio On」という楽曲が「ゴスペルソングオブザイヤー」にノミネートされます。

 

 

戦後から現在まで

 

第二次世界大戦後になると、ゴスペルはメジャーな聴講堂で演奏されるようになり、ゴスペルのコンサートのレベルもアップしていきました。

1950年には、ブラックゴスペルが「Negro Gospel and Religious Music Festival」でフィーチャーされます。

このフェスティバルの主催者であるJoe Bosticは、さらにアーティストを増やして翌年も開催し、1959年にはあのマディソンスクウェアガーデンで開催するほどになります。

 

今日では、ブラックゴスペルとホワイトゴスペルは別のジャンルとして扱われ、リスナーも分かれています。

ホワイトゴスペルにおいては、「ゴスペルミュージック教会」や「ゴスペルミュージック栄誉殿堂」があり、これにはMahalia Jacksonなどの黒人のアーティストも何人か含まれているものの、ほとんどは白人アーティストです。

黒人のコミュニティでは、James Clevelandが1969年に「ゴスペルミュージックワークショップ・オブ・アメリカ」を開催しました。


 

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