【音楽史】ブギウギって、どんな音楽?【Part2】

【音楽史】ブギウギって、どんな音楽?【Part2】

 

ブギウギって名前は聞いたことあるけど、どんな音楽かいまいちよくわかってないな…
ブギウギにはどんな歴史があるの?

 

このような疑問にお答えする内容です。

 

今回は英語版wikipediaの「ブギウギ」について、かんたんにまとめてみました。

 

今回はPart2として、ブギウギの歴史について解説していきます。

 

Part1: ブギウギの概要、音楽的な特徴

Part3: ブギウギが他の音楽に与えた影響、ブギウギの派生系

 

もし今後「ブギウギっぽい曲を作ってみたい」「参考資料が欲しいな」と思ったときは、ぜひこちらのページをご覧ください。

 

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1870年代〜1930年代のブギウギ

 

「ブギウギ」の「ブギ(Boogie)」の由来は?

 

アフリカの言葉の中には「ブギ」という言葉が使われており、これらが「ブギウギ」という名前の起源になっていると言われています。

 

1.ハウサ語(ナイジェリア付近)で「太鼓を叩く」という意味の「Boog」
2.マンデー語(アフリカ西部)で「太鼓を叩く」という意味の「Booga」
3.西アフリカの言葉で「踊る」を意味する「Bogi」
4.バンツー語(アフリカ中部・南部)で「離陸」「踊り狂う」を意味する「Mbuki Mvuki」

 

「Boogie」という言葉が使われ始めたころ

 

1900年以前の楽譜では、少なくとも「boogie」という言葉が使われている例が3件発見されています。

1880年には「The Boogie Man」というタイトルで楽譜が発行されており、「Hoogie Boogie」という言葉は1901年に発行された楽譜で使われています。

「Boogie」という言葉が初めてレコードのタイトルとして使われたのは、1913年のAmerican Quartetによる「The Syncopated Boogie Boo」と言われています。

 

 

次に「Boogie」という言葉が現れたのは、Wilbur Sweatmanによる1917年のレコード「Boogie Rag」です。

しかし、これらの楽曲の楽譜にも音源にも、ブギウギだと決定づけるような要素は入っていません。

 

 

1919年のLouisiana Fiveによる「Weary Blues」には、1915年に発行されたArtie Matthewsによる楽譜「Weary Blues」にも見られた、ブギウギのベースの要素が含まれています。

 

 

Lead Belldyとブギウギ

 

Blind Lemon Jeffersonは、彼が「Match Box Blues」という曲で使ったベースラインに対して「Booga Rooga」という言葉を使いました。

Jeffersonは、彼とよく一緒に演奏していたギタリストHuddie “Lead Belly” Ledbetterからこの言葉を聞いたとされています。

 

 

Lead Bellyはルイジアナ州のMooringsportで生まれ、テキサス州Harrison Countryで育った人物で、1899年にテキサス北東部のCaddo Lakeでブギウギのピアノを初めて聞いたといいます。

そしてこれが、彼のギタープレイに影響を与えたようです。

 

また、彼はルイジアナ州のShreveportのFannin Street周辺でもブギウギのピアノを聞いていたと言います。

彼が聞いたとされるピアニストには、1937年の「Black Ivory King」で知られるDave Alexander、「Pine Top」という名前のピアニストが挙げられています。

 

 

Lead Bellyは、ブギウギピアノの手法「ローリングベース」を採用した最初のギタープレイヤーの一人です。

 

 

はじめての「ブギウギ」

 

現在のように「ブギウギ(Boogie-Woogie)」という言葉が初めて使われたのは、Pine Top Smithが1928年に発表した「Pine Top’s Boogie Woogie」です。

この曲の歌詞には、「ブギウギしてください」というダンスの説明が含まれています。

 

 

ブギウギピアノはいつ演奏されはじめたのか?

 

調査によると、ヨーロッパ系アメリカ人・アフリカ系アメリカ人の口伝による歴史においては、1870年代初めにテキサスでブギウギピアノが演奏されていたと言われています。

 

「Fast Western」という言葉が、ブギウギが知られるようになったきっかけの言葉とされています。

アメリカのHoustonやDallas、Galvestonなどで黒人のピアニストたちがこのスタイルでピアノをプレイしていました。

ここでは、ニューオリンズやセントルイスで演奏されていた「Slow Blues」と差別化し、「Fast Western」「Fast Blues」という言葉が使われていました。

 

このようにそれぞれの地域で違ったスタイルが演奏されていたことから、ラグタイムやブルースを演奏していた男性たちは、作品を聞くことで「その人がアメリカのどの町から来たのか」が容易にわかったといいます。

 

ブギウギと蒸気機関車の関係

 

「ブギウギの起源がどの地域なのか」を決定づけるにあたりカギとなるのは、ブギウギと「蒸気機関車」の関係性です。

これは、蒸気機関車から出ている音そのものと、蒸気機関車が使われたことによってもたらされた文化の発展、この両方からブギウギが影響を受けたということです。

 

テキサス北東部から来た鉄道は、当時はまだテキサス北東部に到着することはありませんでした。

レールがテキサス北東部までなかったので、汽車は一旦Swanson’s Landingなど別の地域に到着し、そこから蒸気船を使ってテキサス北東部に行くという方法が使われていました。

 

 

蒸気機関車が使われるようになると…

 

しかしそこからTexas Western Railroad社が設立され、ブギウギが発展していた1871年にはTexas and Pacific Railway社が設立されていきます。

テキサス北東部でも蒸気機関車が使われることにより、このような鉄道会社は田舎から都市へ音楽を届けることが容易になったのです。

 

黒人のミュージシャンたちは、蒸気機関車に乗ることで地元でのトラブルから逃げ、さらに蒸気機関車のリズムやホイッスルの音を、ジュークボックスやダンスホールでプレイする音楽に使っていきます。

そして、このような手が大きい黒人たちにより、ただのピアノは「ポリリズム的な蒸気機関車」に変わっていったのです。

 

1920年代のブギウギとスタイルの確立

 

ミュージシャンの中には、Thomas Brothersによる「The Fives」という曲は、現代のブギウギの発展に大きく貢献したという人もいます。

 

 

1920年代には、多くのピアニストたちがさまざまなバリエーションでこの曲を「get off (降りる、下車するの意味)の曲」として弾くようになり、これが現在のブギウギスタイルにつながっていきます。

現代のブギウギのベースは、スイングしたり、オクターブに渡るウォーキングベース、シャッフルしたコードベース、「ウンパッ」というラグタイムで使われたベースなど、「The Fives」に使われたテクニックが使われています。

 

初期のブギウギのベースライン

 

ブギウギ初期のプレイヤーたちは、ベースラインを聞くだけでそのプレイヤーがどこの地域にゆかりがある人なのかわかるほどで、多くのスタイルが確立されていました。

 

この中でも、初期のブギウギのベースラインは「the Marshall」と呼ばれるスタイルで、これは単純に4/4拍子のスタイルです。

次に基本となったスタイルは、「the Jefferson」と呼ばれるスタイルで、4/4拍子+最後の4分音符だけピッチを下げるというものです。

 

他にもさまざまなスタイルがありますが、いずれもテキサス州Marshallから離れれば反れるほど複雑が増していき、また音楽にも変化が出ていきました。

 

結局、ブギウギの起源はどこなの?

 

ご覧いただいた通り、ブギウギは幅広い地域で広まり、スタイルも地域によってさまざまでした。

しかし多くの調査が進められた結果、2011年、テキサス州のMarshallが正式に「ブギウギ生誕の地」として登録されました。

 

現代のブギウギ

 

1923年、Clarence Williams Publish Companyによって「Tin Roof Blues」という楽曲が発表されます。

作曲のクレジットはRichard M. Jonesになっていますが、彼はブギウギのベースをイントロに使っており、さらに曲を通して様々なバリエーションに展開させています。

 

 

1923年には、Joseph Samuels’ Tampa Blue Jazz Bandが、George W. Thomasの楽曲「The Fives」をリリース。

これはのちに最初の「ジャズバンドブギウギ」と言われるようになります。

 

Jimmy Blytheによる1924年の「Chicago Stomps」は「最初のブギウギピアノソロ」のレコードと呼ばれます。

 

 

ブギウギ最初のヒット作

 

ブギウギで最初にヒットを出したのは、1928年のPinetop Smithによる「Pinetop’s Boogie Woogie」です。

商業的にヒットした最初のブギウギで、「ブギウギ」というスタイルの名前を確立します。

 

 

この後には、1930年にリリースされた、Meade Lux Lewisによる「Honky Tonk Train Blues」が続きます。

 

 

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1930年代後半

 

ブギウギが多くの人から注目を浴びるようになったのは、1938年と1939年です。

カーネギーホールでFrom Spirituals to Swingコンサートが開かれ、レコーディングプロデューサーのJohn Hammondがブギウギを演奏したのです。

 

 

このコンサートにはBig Joe TurnerやPete Johnsonが参加し、「Roll ‘Em Pete」や「Honky Tonk Train Blues」、「Swanee River Boogie」などが演奏されました。

ちなみに「Roll ‘Em Pete」は、ロックンロールの先駆けの曲とも言われています。

 

1930年代〜1940年代

 

カーネギーホールでのコンサートの後、スイングバンドがブギウギのビートに乗せて演奏するようになります。

Tommy Dorseyのバンドも、前述の「Pine Top’s Boogie Woogie」をアップデートバージョンとして1938年にリリースします。

 

 

これらは「ブギウギ」として、のちの1943年・1945年に大ヒット。

1939年のGlenn Millerの「In the Mood」に続き、スイング時代2番目のベストセラーとなります。

 

 

また1939年には、Will Bradley Orchestraがブギウギの楽曲を演奏するようになります。

1940年には、ブギウギのヒット曲「Beat Me Daddy (Eight To The Bar)」「Down the Road a Piece」、1941年には「Scrub Me Mamma With A Boogie Beat」を演奏しました。

 

 


 

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